名古屋市天白区の歴史ある寺などについて、詳しく解説するサイト『名古屋市天白区の神社』

●●●植田地区●●●

【栄久寺】

栄久寺の創建はわかりませんが、1480年には永照法師室賀多門が伽藍を建てたそうです。
元々は飯田街道の南側にありましたが、度重なる天白川の氾濫によって1806年に現在地
の高台へと移転しました。
水難から逃れる目的で、このお寺はこの場所を選んだのです。

【泉弥寺】

このお寺も創建は不明ですが、元は天台宗であったのが1523年に浄土真宗に改宗したと
伝えられています。
そしてこのお寺も当初は飯田街道沿いにあったのですが、天白川の水難から逃れるために、
1734年に現在地へと移転しています。

【全久寺】

全久寺は足利義政将軍の命により植田城主となった横地秀綱によって、1471年に飯田
街道の南側に建立されました。
しかしやはり1792年、天白川の水難から逃れるために現在地へと移転しています。

【植田八幡社】

植田八幡社の創建は不明なのですが、1580年に植田城主・横地権蔵秀住の家臣であった
室賀久太夫によって修造されたという記録が残っています。
境内には、1908年に当時の皇太子さま、後の大正天皇が陸軍大演習を観覧された際に、
この境内で愛馬藤園に乗馬されたことを示す記念碑が建てられています。
他にもフェンスで囲まれた池、古墳跡などがあります。
この古墳は約1,500年前の古墳時代中期のもので、前方部の長さ40メートル、後円部
の高さ6メートル、全長約80メートルの規模を誇る前方後円墳だったそうです。
しかし1974年の改修で大部分が削り取られてしまい、現在では原形をとどめていません。