名古屋市天白区の歴史ある寺などについて、詳しく解説するサイト『名古屋市天白区の神社』

●●●平針地区●●●

【針名神社】

針名神社の創建は不明ですが、延喜年間に作られた「延喜神名帳」に従三位針名天神と記載
されていることからそれ以前であると考えられています。
当初は今より800メートルほど北にあったそうですが、慶長年間に現在地へ周辺の集落と
とも遷されました。
この神社は尾治氏の末裔であり尾張の国を支配していた尾治の針名根連の命を祀っています。
また大巳貴命、少彦名命を併神としており、1909年には八幡社を合祀しています。

【慈眼寺】

809年に京都御所が炎上した際、遠州秋葉山の三尺坊尊は鎮火祈願のため京へ向かって、
その帰りにこの地へ立ち寄り「鎮防火燭」の真筆を残しました。
そのことよりこの慈眼寺は建立されたと伝えられています。
1560年の桶狭間の戦いでは織田信長がこの慈眼寺に祈願をし、勝利を収めたことから、
信長は三尺坊尊の尊像を寄進したとも伝えられています。
幕末から明治にかけては修験霊場としても信仰を集めました。
本堂には「開運大たいこ」と「大たいこ」のふたつの太鼓があります。


【秀伝寺】

このお寺は1498年に僧宗栄によって創建されました。
1588年に焼失して廃寺となってしまうのですが、1612年に徳川家康の命によって、
龍谷寺から満嶺徳充和尚を招いて再興されました。
本尊の釈迦牟尼仏は1725年に造られたものだそうです。

【平針街道】

平針街道は1612年に、徳川家康の命によって造られたものです。
名古屋城から岡崎への近道としての役割を担っており、人馬の継場が必要であったことから、
16軒の農家に街道沿いに移転を命じて住まわせました。
姫街道、脇街道とも呼ばれ街道の両側には松並木がありましたが、太平洋戦争中に船の材料
などとして伐採されてしまい、今ではその面影はありません。